CHRISTIAN ACADEMY IN JAPAN
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恵みと真理にあって成長する
英語科教員からの視点

『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』

マタイによる福音書 4:4

「我々は、生きるために自らにストーリーを語る。」アメリカ人ジャーナリスト、ジョーン・ディディオンのこの言葉は、私の頭から離れたことがありません。それは、私が英語の教師として、最初に教室に足を踏み入れたその時から今に至るまで、ずっと脳裏に刻まれています。机の前の壁に貼っていた時もありました。使い古したノートに書き留めていた時もありました。

読む・書く・話す・聞くことは、生きていくのに不可欠である、とディディオンは言っているのです。それらは、ストーリーを語るときの素材そのものであり、英語という言語学において根幹をなすスキルだからです。リテラシー(読み書きできる識字能力)は、経済学であろうと化学であろうと、学業の向上に必要です。ノースロップ・フライが言うように「リテラシーの問題は、十分な食料や寝る場所を得るのと同じくらい根本的な問題である。」つまり、生存していくために不可欠なのです。

さらにディディオンは、ストーリーに秘められた古典的な力、不可思議な力を指摘しています。それは、私たちを喜ばせてくれます。教えてくれるときもあります。そして私たちを形作ってくれることさえあるのです。言い換えるなら、 私たちは自らが信じるストーリーの中で、自分を発見するのです。繰り返し自分を発見していくのです。

CAJの英語科教員は、皆クリスチャンです。私たちは、ストーリーとそれを語る「ことば」がいかに重要であるか、共通の理解で一致しています。 その点で私たちは、特有の立場にあると言っていいでしょう。「ことば」によって神が天と地を創造されたことを、私たちは知っています。神の「ことば」として、イエス・キリストが私たちのところに来られたことを知っています。この方は、神が伝えたいことをすべて語ったお方。天にある大いなる真実と深い恵みの全てを、人として現した方です。私たちの人生の中心にあるのは、聖書です。神による救いのストーリーです。それは私たちと結び合わされている、イエス・キリストのストーリーです。そしてこのストーリーは、聖霊によって活かされ息づいているのです。

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教室では、このストーリーからこだまするものを、私たちは生徒と一緒に探していきます。キンダーガーデンからAPクラスへとだんだん難しさが増しながらも、登場人物を議論し、テーマを比較し、段落に注釈を付け、比喩表現を分析し、論点を整理します。そして自分の言葉で項目、比喩、論点を書いていきます。この作業を(時に楽しく、時に負担を感じながら)続けることで、授業で取り上げる小説や回顧録、記事や詩、歌やエッセイや映像と、これら全てを包括する偉大なストーリーとの接点の糸口を探し出すのです。

教室で読むことを学びながらでも、教室の外で飛び交っているストーリーのかけらから、より良く読むことを学べます。例えば、家族や友達との会話、政治家の公約、専門家の意見、Snapchat上の冗談、Instagramの画像から、知恵と愚かさ、本質と偽りを識別し、判断することを学ぶのです。

これも、恵みと真理にあって成長することの一面です。この成長は、大木(たいぼく)の成長を見るようにゆっくりとしたものです。だからこそ私たち英語科教員は、来る日も来る日も生徒たちと一緒に教室にいるのです。そこで、読むこと、書くこと、話すこと、聞くことを教えています。旧態依然としているように見えるかもしれません。しかし、生徒たちの心のうちや想像力には、変化が起こっています。教員によって蒔かれた種であれ、作家や他の生徒によって蒔かれた種であれ、種は根付きます。葉を広げ、そして光に向かって伸びていくのです。

「私たちは、生きるために自らにストーリーを語る。」そして、全てのストーリーの背後に秘められている「ひとつの」ストーリーを私たちは探していきます。全ては、この「ひとつの」ストーリーを指し示しています。それは、永遠の命のメッセージを伝えるストーリーなのです。        

筆者紹介
ヴィンセント・ハワードは、CAJの英語科教員の責任者です。昨年CAJの教師として就任しましたが、それまではアメリカでフリーライターとして様々な仕事に携わったのち、公立学校で3年間教鞭をとっていました。人と物語が交差する、そのような所で仕事ができることを喜びとしています。 人と物語というテーマについて、多くのことを生徒たちからも教えられていることに感謝しています。

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