私たちの土台の上に築く



CAJにおける私たちの行動規範の元となるのは、信仰です。現代社会で話題となっている人種差別、不当な抑圧、その他あらゆる不正に対してどう対処すべきかを考えるとき、私たちは信仰に立ち返ります。その上で、生徒たちがこれらの問題に適切に対処していくにはどう教育すれば良いかを模索します。彼らがこのキャンパス内にいる時も、また卒業した後も同じです。
 
その際、原則を基本に、そして原則を起点にして考えることは、全ての生徒に有益であると私たちは信じます。彼らは公平に学ぶ機会を得て、多様性を重んじ、思いやりを実践します。現在においても将来においても、大切な課題があれば率先して声を上げる生徒を育てることにつながります。課題は時によって変化するでしょう。しかし、自分も他人も神様の似姿に造られ、神様に深く愛されていることを理解しているなら、その生徒は成長し、才能を伸ばしていけます。正義、尊敬、誠実、忍耐、愛(またその他大切な原則も含め) の原則を学び、実践し、適用するなら、その生徒は伸びます。神様と人々に仕え、日本と世界に良い影響を与える力を得るのです。
 
私たちのヴィジョンが「日本と世界でキリストに仕える生徒を育成する」とうたっているのであるならば、どう育成するのか、私たち自身が明確でなければなりません。そのために学校の指導者も教職員も、皆が学校の根幹となる声明文に正面から向き合い、それがヴィジョンを達成する手段をどう伝えているか詳細に検証してきました。この数年間、ミッションステイトメントを見直し、いかなる状況にも適応する価値観に修正しました。神が全てを創られた真の創造主であること、その神が人をご自身に似せて創られたこと、そして私たち人間は、コミュニティーに生きるものとして創られていることを理解する。そのときに、私たちは、誠実で、他人を重んじ、互いに協力する道を考案し、実行する者になるのです。
 
生徒を育成するとは、生徒自身がここは安全である、守られていると感じる環境を整えることが含まれます。また、彼らが自分のことと他人のことを理解できる者に教育することでもあります。そのために、CAJには堅固で適切な児童保護規定があります。この規定は、コーディネーターが教職員向けのトレーニングを絶えず行うことで、実践されています。また、CAJでは、社会性と感情の学習というカリキュラムを導入しています。これには小学生向けの、「他人と感情を共有する」ことを教えていく内容も含まれています。聖書に基づく枠組みの中、安全な環境で、生徒たちは自分と周りの人々を理解することを学びます。
 
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世紀の世界に出て行ってそこで仕える生徒を育成するには、彼らに、仕える世界を理解するよう教える必要があります。このために、私たちは絶えずカリキュラムを見直しています。21世紀で学び、生きていく生徒の必要に合った内容を提供するため、カリキュラムにコースを加えたり、内容を最新のものに更新したりしています。文献の種類や学ぶ内容の選択肢を増やして、生徒たちの思考を伸ばしつつ、興味をそそる課題を与え続ける手段をいつも模索しています。
 
生徒を育成するなら、育成する側の教師も、育成される必要があります。「Teaching for Transformation」という方法論を導入しトレーニングを続けています。これは聖書の観念をカリキュラムに当てはめるもので、正義、奉仕、創造性と管理能力などの原則を実践的な方法で教師たちが学ぶために行われています。また、人種差別や多様性といった問題を意識的に学んでいく機会も提供しています。
 
いくつかの変革を実現するには時間が必要です。また、変革を支援していくためにも、学校の時間割を柔軟にしていくことが必要でした。ブロック制を導入することで、生徒たちは議論する時間を多く持てるようになりました。異なったスタイルの指導を受けることが可能になり、ワークショプを取り入れたり、多様な選択肢を持てるようになったりしました。またクラブ活動や選択科目が増えたので、個人の興味や才能を生かす機会が増大しました。
 
このようにさまざまな変革を実行しましたが、それは何か特定の問題を解決する意図があったわけではありません。しかし、効果的な方針・施策を導入することで、全ての生徒がその恩恵を受けられています。彼らがこれからの社会を変えていく人になるために、成長し学んでいる姿を見ることができているのは確かです。

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