人種差別問題への取り組み


新しい校舎の建築工事がやっと始まりました。ここに至るまでの長い道のりを振り返ると、感謝とともに感動すら覚えます。「建てる」ということについてしばしば考えされているので、今年のブログは「建て上げる」をテーマにしたいと思います。学校という一つのコミュニティーにおいて、強い体、柔軟な精神、鋭い感性などを形成することは、堅固な基礎づくりとなります。そのなかにあって、私たちが学び続け成長し続けている分野に、多様性、人種、そして公平への理解があります。これらの課題に対して、学校の立場を明確にすることは大切です。ですからぜひ、このブログを読み進めて、これらの大切な課題について理解を深めてください。ここで述べられていることを具体的にどう実践しているか、今後のブログでご紹介していきたいと願っています。

- Anda Foxwell, Head of School
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CAJ
の学校長の立場にある者として、組織を代表して語ることに戸惑いを感じることがあります。CAJは、宣教団によって設立された、日本の地にある学校であり、アメリカの評価団体から評価を受けており、日本文化の影響を色濃く受けたたくさんの外国人の生徒が通う学校です。ですから、どの課題を取り上げて強調し、それに対してどういう立場であるかを明確にすることが時に難しいのが現実です。先日、CAJのことを心底から気遣っている卒業生から連絡があり、人種と人種差別に関してCAJの立場について尋ねられました。CAJはすでに多くの国の生徒が集っている学校なので、このような話題は学校外のことであると、私たちは思っていたのではないでしょうか。それは間違いでした。私たちは聴く耳を持ち、学ぶべきでした。そして今、人種差別という罪から逃れられる人は一人もいないと気づかされています。この機会を通じて、私自身、過去と現在、そして内側をよく見つめ直し、私たちは学校として、どのようにしたら和解と希望をもたらすことができるかを伝えたいと感じました。
 
過去何世紀にも渡って、キリスト教という組織の中には、人種差別とそれによる分断という悲劇が存在したことは事実であり、私たちはそれを悔やみ哀しんでいます。福音を分かち合いたいという願望は、しばしば、生きた神の言葉そのものを宣べ伝えることよりも、いつも間にか、自分たちの文化の中で解釈した神の言葉を分かち合うことに焦点が当てられていたことを認めます。全ての人への神の愛、神の完全なる義、神にある自由、という真の神の福音が伝えられるべきでした。世界宣教の働きの名の下に、時に自分たちの文化を押し付けたこと、時にそれが組織的な人種差別、抑圧、そして植民地化に繋がって行ったことを認めます。「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと」(ミカ書6:8 新共同訳)を、私たちに向けられた神からの言葉と、私たちは真剣に受け止めていなかったときもあったのです。
 
CAJ
において、私たちは真理を大切にします。たとえそのことが、私たちの内にあるいは、私たちの歴史の中に潜む悪を露わにすることを意味することであっても、私たちは真理を大切にします。私たちが言う真理とは、人種差別は悪であり、私たちは人種差別を弾劾する、ということです。「私たちは悔い改めます。キリスト者として、私たちは人種差別という悪、差別をもたらす暴力に立ち向かう者であったとは言い難い存在であったことを。人種差別の真の醜さを軽視し、目をそらし、このような不正を故意に継続する共犯者になってしまったことを悔い改めます。」(Redeemer Church)
 
私たちは多様な文化を受け入れている、と受動的に言うだけでは十分ではありません。能動的に平和を求め、公義を行い、癒しをもたらし変化を求めなければいけません。「日本と世界でキリストに仕える生徒を育成する」私たちは、それを行うべき立場に立っています。
 
人種、皮膚の色、言葉、性別に関わらず、全ての人が尊厳を保ちかつ尊敬を受けるに値するのは、私たち一人一人が神様ご自身に似せて造られたものだからです。そして、イエスさまの救いのみ業によって、私たちを分断させる壁は打ち砕かれています。パウロがガラテア人への手紙で伝えたように、「ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。」「あらゆる国民、部族、民族、国語」(黙示録7:9)から、数えきれないほどの大勢の人々が集い、イエス・キリストの御前に立って賛美をささげ、パウロの言葉が真に実現する時を私たちは待ち望んでいます。今の世の中は、神が望んでおられる世界とは食い違っていることを知りつつ、私たちは、「み国を来たらせたまえ」、「み心を地にもなさせたまえ」と祈ります。私たちが関わる場所すべてにあって、あらゆる人が受け入れられ、安心していられることを私たちは望みます。それが住む場所であっても、CAJのキャンパスであっても、東京の地、私たちの手が届くどこの世界であっても、です。
 
私たちはコミュニティーで生きるものとして造られていると信じます。だから、多様性を重んじます。私たちは互いに一緒にいるときに、神様の栄光をより良く映すと信じます。ですから、コミュニティーの一人ひとりがもたらす、それぞれの貢献を大切にします。神様は、抑圧されてきた人々、あるいは今抑圧されている人々に、より深い愛を注いでおられると信じます。だから、恵みと公義の福音に生きるように、神様と共に働きます。学校というコミュニティーにあって、生徒たちが正しいことには毅然と支持し、間違っていることには堂々と反論できる者へと成長するよう、語るべきことは語り、しっかりと原則と概念を教育して行くことを約束します。皆様にはぜひ、私たちのために、また、私たちと共に祈ってください。今この世が切実に必要としている真実、正義、平和、そして愛を、私たちこそが忠実にもたらす者となることができますように。

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